銀行の法人営業(渉外)の経験を活かしやすい転職先は、主にM&A仲介、FAや事業再生などのコンサルティング、事業会社の財務の3つです。3つとも決算書を読む力と経営者と話してきた経験が評価されますが、誰の側に立って働くか、報酬がどう決まるかが大きく異なります。
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)で令和7年賃金構造基本統計調査をもとにした年収を見ると、銀行・信用金庫渉外担当は674.4万円、M&Aアドバイザーが属する職業分類は1,134.6万円です。
後者は経営コンサルタントなどと同じ分類の値で、M&A仲介会社の社員だけの平均ではない点に注意してください。移り先ごとの仕事の中身と実際の転職事例は、2026年10月に確認した公的資料と、採用企業が公開している情報にもとづいています。
法人営業で身につく経験は、移り先によって評価のされ方が変わる
銀行の法人営業とは、担当する企業を訪問して資金の需要を聞き取り、融資や決済、為替などの取引を提案する仕事のことです。融資を通すには決算書を分析して稟議書を書き、行内の審査部門を説得する必要があります。この一連の流れが、転職市場で評価される経験の中身です。
評価される経験は大きく4つに分けられます。財務分析の力、稟議を通す社内調整の力、経営者との関係づくり、新規開拓の行動量です。どれを強く求めるかは移り先で違い、M&A仲介は経営者との関係と開拓、コンサルは分析と資料作成、事業会社の財務は分析と金融機関との交渉を重く見ます。
自分がどの経験を厚く積んできたかによって、向く移り先は変わります。同じ法人営業5年の経歴でも、新規開拓が中心だった人と、既存の大企業取引を担当してきた人では、書類選考で伝えるべき内容が異なります。
M&A仲介は、売り手と買い手の両方と契約して成約まで進める
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月)は、仲介者を、譲り渡し側と譲り受け側の双方との契約に基づいてマッチング支援などを行う支援機関と定めています。一方のFA(フィナンシャル・アドバイザー)は、どちらか一方とだけ契約して支援する機関です。
仲介会社のM&Aアドバイザーは、後継者のいないオーナー経営者に会社の譲渡を提案し、買い手を探して条件をまとめる仕事が中心です。経営者に直接会って話を聞く場面が多いため、銀行で中小企業の社長と向き合ってきた経験が生かされます。
中小企業庁は2021年8月にM&A支援機関登録制度をつくり、ガイドラインの遵守を宣言した仲介業者とFAを登録しています。2026年7月21日時点の登録は3,498件(法人2,681件、個人事業主817件)です。応募先を調べるときは、この制度に登録しているかも判断の手がかりになります。
job tagの職業解説によると、M&Aの担当者は中途採用がほとんどで、前職には銀行や証券会社、会計事務所などが挙げられています。事前検討から実行まで1人で進められるようになるには5〜8年かかるとされ、銀行の経験があれば最初から一人前というわけではない点に注意が必要です。
FAや事業再生のコンサルは、1社に深く入り込んで分析する
コンサルティング会社の中でも、銀行の法人営業から移る人が多いのは財務系の領域です。M&Aで一方の当事者を支援するFA業務、企業価値の算定、業績が悪化した企業の立て直しを支える事業再生などがこれに当たります。
仲介との違いは、契約する相手が1社で、その会社の利益のために分析と交渉を行う点です。事業再生では、取引先の企業に常駐して資金繰りや事業計画を見直すこともあります。銀行では担当先が多く1社に割ける時間が限られますが、コンサルでは1つの案件に長く深く関わります。
銀行で融資先の格付けや業績不振先の対応をした経験は、再生の現場でそのまま役に立ちます。一方で、報告書や提案資料を作る量は銀行より増えるため、分析した内容を文章と数字で説明する力が新たに求められます。
事業会社の財務は、決算書を読む側から作る側に移る
事業会社の財務とは、会社の資金繰りを管理し、銀行からの借入れや社債などで必要な資金を調達する部署のことです。銀行の法人営業が向き合ってきた相手の側に移るので、金融機関がどんな資料で何を判断するかを知っていることが強みになります。
採用企業の公開している求人にも、この傾向が表れています。サイバーエージェントの財務チームの募集要項(2026年9月30日更新)は、必須要件の1つに金融機関での中堅・大手企業向けの法人営業経験5年以上を挙げ、財務の実務経験がなくても応募できるとしています。
財務の仕事に移ると、資金の管理に加えて経理の知識も必要になります。決算を締める作業や会計処理は銀行の業務にはないため、入社後に覚えることが多くなります。日商簿記などで会計の基礎を先に学んでおくと、入社後に決算や会計処理を覚える負担が軽くなります。
3つの移り先の違いを一覧表で比べる
契約の相手、報酬の決まり方、仕事の中心、銀行の経験で生きる部分を、同じ項目で比べました。報酬は会社によって制度が違うため、採用企業の公開情報で見られる傾向として示しています。
| 項目 | M&A仲介 | FA・事業再生などのコンサル | 事業会社の財務 |
|---|---|---|---|
| 支援する相手 | 売り手と買い手の双方 | 契約した1社 | 自分の勤める会社 |
| 仕事の中心 | オーナー経営者への提案、相手探し、条件の調整 | 企業価値の算定、事業計画や資金繰りの見直し | 資金繰りの管理、金融機関との交渉、資金調達 |
| 報酬の傾向 | 成約の成果が報酬に反映されやすい | 役職と評価で決まる会社が多い | その会社の給与制度による |
| 銀行の経験で生きる部分 | 経営者との関係づくり、新規開拓 | 財務分析、格付けや業績不振先の対応 | 金融機関の判断の仕方、決算書の読み方 |
| 新たに求められること | 案件を最後までまとめる交渉力 | 資料作成と説明の量 | 決算や会計処理の知識 |
年収は公的統計で比べ、分類の違いに注意する
転職先の年収を比べるときは、求人に書かれた想定年収ではなく、公的統計で水準をつかんでおくと、会社ごとの条件の差に振り回されずに済みます。job tagは、令和7年賃金構造基本統計調査の結果を加工して、職業ごとの年収と年齢を公表しています。2026年10月26日に、関係する5つの職業のページを確認した結果は下の表のとおりです。
| job tagの職業 | 統計の職業分類 | 年収 | 平均年齢 | 月の労働時間 |
|---|---|---|---|---|
| 銀行・信用金庫渉外担当 | 金融・保険営業員 | 674.4万円 | 37.1歳 | 154時間 |
| M&Aマネージャー、M&Aコンサルタント/M&Aアドバイザー | その他の経営・金融・保険の専門的職業 | 1,134.6万円 | 39.4歳 | 162時間 |
| 経営コンサルタント | その他の経営・金融・保険の専門的職業 | 1,134.6万円 | 39.4歳 | 162時間 |
| 経理事務 | 経理事務員 | 512.2万円 | 44.0歳 | 159時間 |
| 経理課長 | 会社管理職員 | 966.8万円 | 51.5歳 | 163時間 |
出典:厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)各職業の詳細ページ(令和7年賃金構造基本統計調査の結果を加工した値・全国)。当サイトが2026年10月26日に5職業のページを確認して作成。

表では、M&Aアドバイザーと経営コンサルタントが同じ数字になっています。どちらも「その他の経営・金融・保険の専門的職業」という同じ分類の統計を使っているためで、1,134.6万円は仲介会社やコンサルティング会社などを合わせた分類全体の値です。
銀行・信用金庫渉外担当の674.4万円も、保険の営業などを含む金融・保険営業員の分類の値です。事業会社の財務には単独の職業がないため、近い職業として経理事務と経理課長を載せました。年齢が上がるほど年収も高くなるので、平均年齢の違いもあわせて見る必要があります。
実際に銀行から移った3人の事例
採用企業が自社の採用ページで公開している社員インタビューから、銀行の法人営業を経験して移った人の事例を3件まとめました。内容は各記事の公開時点のもので、個人名は伏せています。
- メガバンクからM&A仲介へ メガバンクに新卒で入り、地方の法人営業部で中小企業を担当した後、本部で債券や為替の取引に移った人が、2020年9月にM&A仲介会社へ転職しました。銀行の支援は融資などお金の面が中心になりがちだったことと、成果が報酬に直結する仕組みに魅力を感じたことを理由に挙げています(M&A総合研究所の採用記事・2022年5月12日公開)。
- 銀行から財務系コンサルへ 銀行で法人営業と本部の企画業務を経験した人が、企業の意思決定に近い立場で働きたいと考え、2024年にコンサルティング会社へ入社しました。M&Aのファイナンシャルアドバイザリーや株式価値の算定を担当し、入社5か月で初めての案件を最後まで終えたと話しています(山田コンサルティンググループの採用サイト・2026年10月確認)。
- 大手銀行から事業再生のコンサルへ 大手銀行で約2年間、稟議書の作成と融資先の格付けを担当し、続く約2年間は売上高5億〜30億円規模の企業を回る法人渉外を務めた人の事例です。2022年8月に、事業再生のアドバイザリー会社へ移りました。限られた時間で多くの先を回る働き方から、1社に深く関わる仕事を選んだとしています(ロングブラックパートナーズの採用記事・2023年9月1日公開)。
事例の出典:M&A総合研究所「三井住友銀行からM&A総研に転職した理由」(2022年5月12日)/山田コンサルティンググループ 採用サイト 社員インタビュー(公開日の記載なし・2026年10月26日確認)/ロングブラックパートナーズ「銀行員による事業再生への志望動機について」(2023年9月1日)
3件に共通するのは、銀行で身につけた財務の知識を土台にしながら、1社の経営判断により深く関わる仕事を選んでいる点です。報酬を重視したのは仲介に移った事例で、コンサルに移った2件は仕事の深さを理由に挙げています。何を優先したいかで、同じ法人営業の経験からでも移り先は分かれます。
応募の前に、経験の棚卸しと辞める時期を決めておく
応募書類では、担当した社数や業種、新規に取引を始めた件数、扱った融資の規模などを数字で示すと、銀行の外の採用担当者にも経験の中身が伝わります。顧客の名前や取引の詳細など、銀行の内部情報は書類に書かず、守秘義務の範囲で表現してください。
辞める時期によって、当面のお金の流れも変わります。在職中に転職先を決めれば収入は途切れませんが、先に退職すると雇用保険の基本手当で生活費をつなぐことになります。自己都合で辞めた場合の給付制限や受け取れる日数は、失業保険(基本手当)の条件と金額の記事で紹介しています。
年の途中で退職して年内に再就職しなかった場合は、年末調整を受けられないため、確定申告で所得税が戻ることがあります。申告が必要になる人と還付の仕組みは、会社員の確定申告と20万円ルールの解説で確認できます。
移り先の求人の条件や公的統計の数値は、毎年見直されます。制度や商品の内容は改正・改定されることがあるため、応募や退職の手続きの前に各機関と採用企業の最新情報で確かめてください。
参考・出典:厚生労働省 job tag「M&Aマネージャー、M&Aコンサルタント/M&Aアドバイザー」/同「銀行・信用金庫渉外担当」/同「経営コンサルタント」/同「経理事務」/同「経理課長」/中小企業庁「中小M&Aガイドライン」/中小企業庁「M&A支援機関登録制度に係る登録FA及び仲介業者の公表(令和8年度公募5,6月分)」(いずれも2026年10月確認)

